「デモ機出しましょうか?」その一言からの始まりだった。
静岡県の焼津市にほど近い藤枝市で全て手作りでマイクや様々な音響機器を作っている工房が在る。
増田雅則氏のマス工房/MASS-Kobo である。しばらくするとD.I.が数種類送られて来たので早速テストしてみたところ驚いた。スタジオやライブでは数々のD.I.に遭遇して来たがこんなのは初めてだ。
「余計な事はしない。」その一点に尽きる。それがD.I.本来の仕事であり、随一の役目。
なのに余計な事ばかりするD.I.のなんと多いことか。ペラペラのカリカリになってしまったりまるでパワー感が無くなってしまったり、いかにも位相がズレてますってな感じになったり…。
音が悪くなる物は当然ダメなんだけど音が良くなるなんてのもダメなのだ、私の場合。
ベース本体や楽器用機器からのアンバランス出力をミキサーやレコーダーへ送れるバランス出力へ変換してくれればいいのだ。音がショボくなるのはダメ、音が太くなるのもダメなのだ。
当然変換によって音は変わる。電気信号の道筋に何か加わるってことは絶対に何かが変わるわけで、同じでいれるはずは無い。しかし何もしなければバランス入力へ送れない訳だから変換機が要る。
そこで存在を徹底的に感じさせない、ただひたすら入ってきた信号を出すだけの変換機が必要になる。それがD.I.(ダイレクト・イン)なのだ。
昨今流行のオーディオ・ヘッドアンプのようなD.I.で擦れるような音なのはまぁ好みの問題だとしてヘッドルームが狭くてすぐ崩壊してしまうようなヤワな奴とはちょーーーーーーっと違うよコイツは。
どこまでいってもヘコタレないし出力ゲインの可変幅も十分。民生器に毛の生えたような簡易ミキサーから72インプットの大型ミキサーまで常に最適なS/Nでマッチング出来るし外部からのトランス・ノイズ等にも極めて強い。
大きなシステムを持ち込むと「へっ?江川さんアウトは1系統でいいんですか?」なんてよく聞かれる。そう、1系統でいいのだ。プリトーン、ポストエフェクト、なんかで信号を混ぜてみたりステージ上のアンプをダイナミック・マイクを使ってクローズで拾ったりなんて無駄な事はしない。意味無い。そんなことしたって位相がズレて音がぐちゃぐちゃになるだけ。
「ぶもぉーーーー」とか「ずもぉーーーー」とか「もへぇーーーーー」とかな音が好きな人が狙ってやっているなら何も問題は無い。「音を太くしたい。」「ウォームな音が好き。」とかな向きが何系統も出したり脚色が強いD.I.を使っているのはちょっとね…。
それは弾き手の出音の問題であってD.I. で解決するジャンルでは無いと私は思うからだ。
プレイヤーは使える音を出し、D.I.はそれを外部機器へ送る。ただそれだけだ。
ブランク・パネルを半分にカットしてハーフラック・サイズの本機をマウント出来るようにステーを作った。反対側には本機のバランス・アウトやエフェクトのセンド/リターンやプリアンプのフットスイッチ等のコネクターも。これでアンプを位置決め、セッティングした後に裏へ回り込んでちょこちょこしなくて良い。
レコーディングはこのラックを持って行くだけ。必要に応じてコンプやプリアンプもキャンセルしてD.I.のフロントから直接ミキサーへも送れる。
「ナチュラルなD.I.」ありそうでなかなか無いもんだ。これにたどり着くのに何年かかったことやら。